心のホカホカは理屈では作れない

理論と感情論の違い。その一つに、論じた内容に含みを持たせるかどうかってのがある。解釈が一つに限定されるのが理論で、複数の解釈が可能なのが感情論。俺がどんな発言も理屈っぽくしてしまうのはきっと、相手が俺の思った通りの解釈をしてくれるのを望みすぎるからなんだよね。いくない。それはいくない。

前エントリーで紹介したラッドの「ふたりごと」。あの曲が心に響くのは、聴き手に自由な解釈を許しているから。作詞をした人は、自分の心から紡ぎ出される感情という名の糸を、変に色付けしたり、加工したりせず、あるがままに編んだそれをそのまんま歌詞にしているんじゃないかな。だから、理論的な見方をしたら、意味が通らない部分があったりする。頭では理解できないというか。でも、そんなことは重要じゃない。だって、心では理解できるんだから。それは、聴いた人がそれぞれ自由に解釈できるからこそ。

その解き放たれた空間にいると、なんだか心がホカホカする。理屈じゃ、絶対作れない。